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谷山小学校付近には、江戸時代、島津藩直轄谷山郷の地頭館(地頭仮屋)が置かれ、その周辺には「麓」と呼ばれる薩摩独特の武家集落が形成されていました。町村制施行により、谷山郷の区域から谷山村が生まれ、以降、谷山町、谷山市、鹿児島市と変遷。先人たちは、はるか昔から、この土地で暮らしを営み、長い歳月を経て、次第に今日的なコミュニティが築かれてきました。

時は流れ、“みんな一緒”の「成長社会」から“人それぞれ”の「成熟社会」へと急速に変遷しています。多くの方が指摘しているように、近年は人と人とのつながり(コミュニティ)が希薄になり、地域住民の対話や交流は少なく、近所同士でもあいさつしない、隣に住んでいる人もよく知らない、という状況になりつつあります。

しかし、過去から今日に至るまで、地域に暮らす人々が日々の暮らしを少しでも快適なものであってほしいと願い、地域住民同士がつながりを持ち、支え合いや助け合いの関係を築く「地域コミュニティの価値(大切さ)」に何ら変わるところはありません。これからの時代は、その価値を改めて認識するとともに、さらに高めるために、それぞれが力を発揮して、地域のあるべき姿を自ら模索していくことが求められているのです。

地域コミュニティは決して時代遅れの遺物ではありません。今の時代も、いや、今の時代だからこそ、地域の中で安心して心地よく暮らしたいと願う一人ひとりの住民にとって、また、住民とのパートナーシップを求める行政にとっても、地域コミュニティの活性化は重要な課題なのです。

2015(平成27)年8月に発足した谷山ふるさとコミュニティ協議会では、第1期谷山ふるさとコミュニティプランを継承・発展させ、谷山校区に暮らす人々が今の時代にふさわしい暮らしやすさを実現していくため、ここに「第2期谷山ふるさとコミュニティプラン」を策定しました。これからの谷山校区のまちづくりを、谷山の未来を、共に切り拓いていきましょう。

スローガン

心豊かに暮らせるまち 魅力あふれるまち 谷山

​目標(将来像)

人がつながり 声をかけあう

 笑顔とやさしさのまち

自然と伝統が活きづく

みんなが夢を描けるまち

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​谷じぃ プロフィール

谷山に住む妖精。

父親の後醍醐天皇に、征西大将軍(せいせいたいしょうぐん)として九州統一を任された懐良親王(かねながしんのう)。まず最初に谷山に滞在し、南朝方の指揮をとった。その後、九州北部に移動して九州統一を果たした。谷山が大好きで忘れられず、妖精となって谷山に帰って来た。

ひばりの「ひーちゃん」と穏やかに暮らしている。みんなの願い事をかなえてくれる、と言われている。

口ぐせは「せい、せい」。好きな食べ物は、じゃんぼもち・そうめん・さつまあげ・チーズケーキ。お祭りが好きで、「谷山ふるさと祭」では、踊り連に入って踊っているらしい。